東京高等裁判所 昭和52年(ネ)3095号 判決 1978年12月18日
控訴人 野村秀雄
右訴訟代理人弁護士 山根晃
被控訴人 太田園
右訴訟代理人弁護士 上村正二
同 石葉泰久
主文
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は控訴人に対し金一一万四〇六九円を支払え。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、原判決添付別紙物件目録記載(一)の建物を収去して、同目録記載(二)の土地を明渡し、かつ、昭和五〇年一月一日から右明渡ずみまで一ヶ月金二万二〇七八円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張及び立証の関係は、左記のほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴代理人は「本件賃貸借関係においては賃料支払が滞ることがあったため、控訴人は支払担当者である荒沢に対しその都度異議、抗議をしていたのである。しかるに被控訴人は右滞納の事実を知りながら荒沢に対し格別の措置もとらず放置していたのであり、昭和五〇年一月から五月までの五ヶ月分の滞納の事実を了知していなかったとすれば、そのこと自体賃料支払義務を軽視していたことの証左であって、履行補助者に対する監督が不十分であったことと相俟って、背信性を裏付けるものである。また被控訴人主張のように本件土地について土地収用手続開始の告示がなされていても、賃借人の賃料支払義務が基本的義務であることに変りはなく、従って、土地収用の段階に入っていたからといって、賃料不払の背信性が消え去るわけではない。」と述べた。
二 《証拠関係省略》
理由
当裁判所は、控訴人の請求は、賃料請求の部分について理由があるが、その余の部分は失当であると認定、判断するものであって、その理由は、原判決理由第六項以下を次のとおり訂正するほかは、同判決理由説示と同じであるから、これを引用する。
控訴人の本件解除の意思表示の効力について検討するに、被控訴人は、本件の賃料不払が背信行為と認めるに足りない特段の事情があるから、控訴人の解除権は発生しない旨主張するので判断する。
《証拠省略》によれば、(一)前記のように昭和三八年一二月一六日控訴人と被控訴人間の契約で賃貸借の内容が確認されたが、それは、被控訴人が相続により父園吉の賃借権を承継したことを書面上明らかにしておくために申出たことによるのであり、右契約において賃貸借の内容として無催告解除の特約が確認されることになったのは、そのような特約を必要とする事情があって控訴人が主張、要求したことによるのではなく、被控訴人の代理人格の荒沢勲(不動産会社社員)において前記のように無催告解除の特約が印刷された市販の契約書用紙を持参し、これを右契約に使用したことによるものであったこと、(二)被控訴人は昭和四六年本件建物の賃借人からの賃料取立てと控訴人に対する本件土地の賃料の支払とを右荒沢に委託し、以後は専ら荒沢が被控訴人の代理人として右取立賃料の中から本件賃料の支払をなすという方法でその支払に当って来たのであり、このことは間もなく控訴人も承知するに至ったこと、ところで荒沢は控訴人に対する賃料支払について、屡々、期日に遅れることがあったものの、二ヶ月以上遅れることは滅多になく、また毎月なすべき支払をまとめて行うことがあったが、それも三ヶ月分までであって、このような支払について、本人たる被控訴人は勿論、荒沢も控訴人から特に異議、苦情を受けることはなかったこと、荒沢は昭和五〇年三月一〇日頃の午後二時頃に同年一月から三月までの三ヶ月分の賃料を支払うべく控訴人方を訪ねたが、同居の控訴人兄義夫(食肉販売店経営)の使用人がいたのみで、賃料を受領すべき家人がいなかったため、そのまま辞去し(尤も、右は支払期日外のことであるから、適法な提供があったものとまでは認められない)、右支払は後日になそうと考えているうちに時日が経過したものであること、(三)控訴人は昭和四八年五月賃料増額について直接被控訴人に葉書で通知しているが、それ以前にも賃料増額等に関し被控訴人方に電話で連絡したことがあったこと、被控訴人は昭和四六年及び四八年における控訴人の賃料増額請求について全面的にその請求に応じており、本件賃貸借関係が円滑を欠いていたということはなかったこと、昭和五〇年一月から五月までの場合の如き五ヶ月分の賃料の支払遅滞は、従前の例にもなかったことであり、それが代理人に委ねられていることであるだけに、控訴人にとっても異常なことと映った筈であり、一方被控訴人としては、賃料の支払について一切荒沢に委せていたので、右の遅滞の事実を知らなかったのであって、もとより当時右のように賃料の支払を遅滞する程経済的に困窮していたわけでも、特別な理由があったわけでもなかったから、控訴人より一言その旨連絡を受ければ、直ちにその支払をなす意思もあり、かつその支払をなし得る状態でもあったこと、以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》そして以上の認定事実によれば、本件の場合、結果として被控訴人について五ヶ月分賃料の支払遅滞を生じてはいるが、無催告解除の特約の適用の関係では、右特約による解除に値する背信行為と認めるに足らぬ特段の事情がある場合に当ると認めるのが相当である。してみれば、控訴人のなした前記解除の意思表示は効力を生じないものというべく、被控訴人の抗弁2は理由がある。
以上のとおりであるから、控訴人の請求は、昭和五〇年一月一日から同年六月五日まで一ヶ月金二万二〇七八円の割合による賃料(合計金一一万四〇六九円(円以下切捨))を請求する部分については、特別な抗弁の提出もないので、その理由があるものとして認容すべきであるが、その余はすべて失当として棄却すべきである。よってこれと一部異る原判決を右のとおりに変更することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡松行雄 裁判官 田中永司 賀集唱)